立川の歴史

立川の地名には2つの説があります。
武蔵国府が現在の府中市にあった時代、府中より見て現在の多摩市付近で東西に連なる山を多摩の横山と呼び、その多摩の横山から見て多摩川が縦方向(南北)に流れている近辺(現在の立川、日野近辺)を立の河と呼んでいて、立の河が次第に変化して現在の立川になったと言われている説。
地方豪族立川氏(たちかわ・し)が、現在の普済寺に城をつくったことから立川(たちかわ)になったと言われている説があります。
江戸時代までは甲州街道および五日市街道沿いの村落に過ぎませんでした。
明治以降、鉄道が敷設され市域南部の立川駅がターミナル駅となり、さらには1922年(大正11)陸軍立川飛行場が設置されたことによって商業・工業の集積がみます。
これらが、今日の立川の発展の礎となりました。
その発展は、2001年の「東京の新しい都市づくりビジョン」で核都市に指定されているほどです。

急成長を遂げた飲食産業

飲食産業はここ数年で町田市と共に急成長しています。
その証拠に、立川駅周辺には有名な商業施設が次々とオープンして、多くの集客を誇っています。
しかし、飲食店やサービス産業だけでなく、農業も盛んな土地です。
ウド(独活)は立川の特産品として全国的に知られています。